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【blog】高橋雅子の万有色彩『桜染めの未来』

高橋雅子の万有色彩『桜染めの未来』

 

桜の幹を切ると

濃い色の樹液が出て桜色が染まるが、

それは花が咲く前のことであって、

咲いてからでは

木は色を出し切っていて

もう駄目なのだという。

 

その話を初めて聞いたのは

もう24年も前の

琵琶湖沿いにある滋賀県立近代美術館での

「志村ふくみ展 人間国宝・紬織の世界」 でした。

 

70歳を超えた志村さんがその日講演することを新聞で知り、

そんな機会は二度とないかもしれないと、

そのまま日曜日の新幹線に飛び乗ったのでした。

染織と紬織で自立する女性をモデルにした小説の

箱と表紙の美しい装丁に

志村ふくみさんの作品が使われていると知ってから、

いつか自分の目で直接見たいと思っていたのでした。

 

 

燃えるような紅葉の季節でした。

帰りにゆっくり散策しようと思いながら展示室に入ると、

目に飛び込んできたのは

濡れたように輝く色の糸でした。

この世にこんなに美しい色があるのか、

こんなにも鮮やかな色を

植物は持っているものなのか。

おそらくぽかんと口をあけたままで

篭に入ったさまざまな色の絹糸を

私は眺め続けていました。

 

その頃の私は、浅学にも植物染めを

お世辞にも美しいとか華やかとか言えない

汚れたようにぼんやりとした色のものと思い込んでいて、

目の前の、

油性絵の具で描いたばかりのような

鮮やかな明るい色たちの前で

ただただ感動していました。

 

 

前述の桜染めを初めとする

植物染めにまつわる体験と色の不思議を

優しい声で語られた講演会の後は、

蝶の標本の展翅のように広げられた着物たちや

初めて日本伝統工芸展に出品して入選した帯などが展示された

部屋を何度も何度も往復して

ようやく満足してから外に出てみると

秋の日はとっぷりと暮れて

美術館は閉館時間になっていました。

紅葉は闇の中に沈み、

私はバス停を探して

京都に出る琵琶湖線の駅へと戻ったのでした。

 

一人暮らしの身の

気まぐれな日帰り旅行のようでいて

思えばあの時の衝撃が

その後の私の人生を大きく動かしました。

アメリカの銀行のディーリングルームにいて

色彩とは無縁の毎日を送っていた私が、

それから5年後には仕事を辞めて

新しい世界へと踏み出したのは

志村ふくみの色の世界へ

少しでも近づきたかったからなのですから。

 

 

後年

やはり私の”心の色彩の師”である

染色史家の吉岡幸雄さんの講演で

「桜の木で染めると桜色が染まると

志村ふくみさんが言っておられるようだが

それはありえない。気合いで染めたのではないか。」

とおっしゃっていて

それは吉岡先生の見識と拝聴しつつ、

私にとっては

未来を桜色で染め上げてもらった

珠玉のような体験だったと、

桜花の季節になると

懐かしく思い出し、

色彩への念いを新たにするのです。

 

 

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